観光開発されていない六代芝の田園地帯

六代芝 京都府

京都が好きで季節を問わずよく行きます。あるとき京都出身の方から、「どうしてそんなに京都が好きなの?どこを周るの?」と聞かれました。

それまでの私はだいたい、ガイドブックに載っているところばかり見て周って満足していたので、誰もが知る京都の代表的な観光スポットをいくつか、かいつまんで教えました。

よく京都の人間は人が悪いといいますが、その人は決して他人を馬鹿にするタイプの人ではないので、清水寺や哲学の道と聞かされても別になんという風でもなく、「ああそういうところを周るんですね」という感じでした。

ただ、その後その人が言ったのは、「京都に35年住んでた僕が、京都で一番好きだった場所を教えますから今度、時間があったら行ってみて下さい。」ということで、清水についても哲学の道についても、触れることはありませんでした。

広沢の池から大沢の池にかけての、田園

教えられた場所とは、広沢の池から大沢の池にかけての、田園でした。

調べるとその場所は、京都の中心からやや離れますが、決して辺鄙な場所ではなくむしろ、近くに大覚寺や清涼寺など、よく聞く名前のお寺さんもあって、逆にこんな場所に田園があるのか不思議な感じさえ持ちました

それでとある夏の初めのことであったと思いますが、そろそろ盆地である京都が暑くなり出す頃、出向いた京都でその場所を目指したのでした。結論から申し上げます。その後何度か訪れるうち、結果として現在の私にとりましても、その田園が京都で一番好きな場所になりました。

住居表示的には、京都市右京区北嵯峨六代芝町となりますが、嵯峨野の一部分といった方が、通りはいいかもしれません。

北嵯峨

嵯峨野の田園地帯へのアクセス方法

まずアクセスですが、市内中心部から行くのであれば、市バスがもっとも安くて便利です。降車する停留所「佛大広沢校」はギリギリ、均一料金の適用範囲内にあるからです。それにもかかわらず、この停留所に近づいた際、バスの車窓からの景色は到底路線バスのそれを超越していて、さながら観光バスにでも乗った気分にさせてくれるほど、秀逸なものです。

とりわけバスから見る広沢の池の景観は素晴らしく、春には池のほとりに植えられた桜の樹がピンクのスクリーンのような働きをして、池を幻想的なまでに美しく見せてくれます。新緑の季節には、池越しに見える田園地帯が目に心地よく、まさにこれからそこを歩くのかと思うと、何度訪ねても心のときめきを感じさせてくれるほど、みずみずしい景観を見せてくれます。

素晴らしい景色をバスから見ていざ、停留所を降りれば目の前に広沢の池、さらに六代芝の田園風景が広がります。

六代芝

停留所からしばらく池に沿った舗装路を歩きますが、池と別れを告げて田畑にくもの巣のように張り巡らされたあぜに入れば、そこはのどかな田園地帯です。ここまで来るのに、バス乗車時間は市中心部から、40分程度でしょうか。

わずかその程度の時間で、これほどのどかな場所に来られることが、まるで奇跡のように感じられるほど、ここでは静かな時間が流れています。

しかし、ここがただの田園地帯でないことは、どういう歩き方をしてもすぐ分かります。名前は分かりませんが、高貴な方のものと思われる墳墓などが、そこかしこに存在するのです。しかもその脇には当たり前の農道が取り付けられていて、農家の軽トラックがごく普通に過ぎていきます。

こんなに素晴らしい場所なのに、ここで見かける人はほとんど地元の人ばかりで、それも農作業をする農家の方か、犬を連れて散歩をする方など、ごく限られています。逆に、観光で来る人を見たことはまだありません。

この場所に来ると、京都に35年住んでいたからこそ知りえた場所を、こっそり教えていただけたのだな、という思いでいっぱいになります。

停留所を降りてから1時間ほど、田園の中を自由気ままに歩くと、いつしか大きなお寺の屋根が見え出します。大覚寺です。生け花の寺としても有名です。拝観者もたくさんいます。しかし、そのすぐ裏手の田園地帯は、観光開発されることなく今も、静かに横たわっています。

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